今年の2月頃、友達(と自分は思ってる)に会った時に言われた言動で嫌な気持になりました。友達としては悪気は無い(と自分は思ってる)のでしょうが、受け取った自分がモヤモヤして気分が悪くなりました。これは「自分自身の捉え方の問題だから仕方がないのか?」と思いましたが、現在に至るまで昇華出来ないままです。次に「悪気が無ければ許されるのか?」とも思いましたが、いや待てよと、、、これって今まで自分自身も周りの人にしてきたことじゃない?自分に跳ね返って来て知れたような気がしまして反省中です。思い返せば、、、悪気は無かったけど相手にとっては不快にさせてたことあっただろうなということが沢山、、、(-_-;) 唯一の救いは、その場で言い返さなかったことです。きっと自分が楽になりたいだけで相手にはもっと嫌な思いをさせていたはずです。これらのことを気にしすぎると誰に対しても何も言えなくなってしまったり(無口になりやり過ごす)といったことも生じてしまいます。伝える、受け取る、コミュニケーション、思考と感情 etc. ATMにおける言葉掛けを思い出すと受け取り方は自由であり、どう感じたのか?どのように感じたのか?どうしてそう感じたのか?といったことを引き出せるような言葉掛けによるガイドを洗練させることに繋がったように思います。FIにおける言葉を介さないコミュニケーションにおいても繊細に考えるようになりました。各地の学習会においても気を付けながら参加者の方々と楽しくやりとり出来るように心掛けようと思いました。そうなんです、嫌な気持になった副産物として 1.これまでの自分自身の言動を反省することが出来た。2.フェルデンクライスのレッスンを提供する上でATMでの言葉掛けやFIでのガイドの質が向上した。このような良いことが訪れました。あれ?昇華できたかな(笑)
